2010年10月11日月曜日

25歳になってしまいました!!


ついに25歳になってしまいました!!

まず始めに社内で10月生まれの人が数人いたので
ちょっと早めにまとめて祝おうということで
焼肉食った後にカラオケへ。

カラオケに行った時点で私はへべれけな感じだったのですが、
ちょっと高価なお酒を他の人達が頼み、
女性スタッフにいじめられながら、ひぃひぃと飲み干しました。。

その時の動画です。。




帰りに「YさんはSですね。そして僕はMです。」という捨て台詞を吐き、
SMという新たな日本語を教えてこの日は楽しく終了しました。


そして誕生日当日は、何事もなく普通に終わるんだろうなーと思ってたら
なんと日本にいる方々からバースデーメッセージを頂きました。

メッセージを送ってくれた人のほとんどは僕と出会って間もないのに
こんな若造のために一筆書いて頂き本当に感動でした。。


さらに1日過ぎた日曜日はダナンにて
約10名の人が集まってくれて
昼から飲み会兼誕生日パーティをしました。(自主開催w)

なんとめちゃ美味なバースデーケーキを
はるばるホイアンから持ってきて頂き、これまた感動。。
作ってくれたCARGO CLUB RESTAURANT バンザイ。





いやー なんというか・・・


リア充だなと。

人生あがっちゃったなと。

ベトナムフェスティバルで踊ってよかったなと。笑

感じている次第でございます。


去年の誕生日の頃ははダナンに来て間もなく、
知り合いも少なかったのに、この1年間でとても人の輪が
広がってきたなぁと感じています。

それは意図して出会った人もいれば、
偶然に出会った人もいたりで気づけばいつの間にか
多くの人に囲まれ支えられているなぁと感じています。

そして、そういった人とのつながりこそが
何よりも大切なことなんだと
ベトナムに教えられているような気もします。

何もわからない1年と4ヶ月前、
ダナン空港に降り立ってから今まで多くの人に支えられて、

人間決して一人では生きていけないんだということ
助けて助けられて生きていくってことでOKなんだということ

を学んだ1年と4ヶ月と言ってもいいかもしれません。

日本にいるだけじゃわからなかったことや
当たり前すぎてわからなかった幸せがたくさん見つかり、
それらは全て人を通じて気付けたことばかりです。

「ベトナム」というキーワードで出会えた皆様
それ以前から仲よくしてくれている皆様
最近会えていない皆様

本当にありがとうございます。

文字だけでは伝えられない気持ちがたくさんありますが
まずはこの場でありがとうを言いたいと思います。

まだまだ何もできていない身で恐縮ですが
早く何かを与えられる存在になっていきたいと思います。

どうぞよろしくおねがいします!!


2010年10月7日木曜日

なんでベトナム行こうと思ったんですか?

 久しぶりの更新です。

ハノイ、ホーチミンや日本に滞在して
たくさんの日本人とお話ができました。

そして初めての人にはほぼ聞かれる
「なんでベトナムに行こうと思ったんですか?」に何十回と答えました。

で、何十回も答えるのですがいつも同じ回答をしていなくて
というか経緯や想いを全て話していると5分は最低話さないといけないので
たいてい割愛して
「人のご縁で」
「リストラになっちゃんたんで」
「修行で」
「金なし、仕事なし、女なしの23歳だったので今しかないなと思って」

などいろいろな回答をしてきました。

で、何度も話しているうちに思ったのが
「なんで俺ベトナムに来れたんだろう?」という疑問でした。

何度も答えてるけど答えてるうちに自分でも不思議になってきたのです。

昔の記事にも理由を書いているけど、もう一度
今の自分の気持で書いてみようと思う。

なんで数ある選択肢のうちの中の1つでしかない
ベトナムという場所を選べたのだろう?

しかもベトナムで就職ではなく、
ただただ「ベトナムに行く。そっからなんかする。」
という選択肢を僕は選んだんです。

今振り返るとなんですが、一言で言うと
本当にバカだったんだと思います。

だって、端的に言うと仕事ができないからリストラになっている訳で
そのくせにもっと仕事ができない環境の海外に行って
仕事をつくるなんてことを考えるってどう考えてもバカなんです。

向こうに行ってから自分が何ができるかってことを
ほぼほぼ考えていなかったんですよね。。

そもそもベトナムに一度も行ったことなかったし、
何もやること決まってないのに、
部屋解約して1ヶ月後にはホームレスになることを決めて、
いろんな人に会いに行って「今からベトナムに行って仕事します」
とか言ってた頃が懐かしいなぁ。。

ただただ「行く」ってことだけを決めて、
どうにかするってことだけを考えていたような気がします。

今振り返ると、行ったらどうにかなるだろうという
依存した部分も多くあったなぁと反省は多々あります。

結果的に僕は雇用されることが決定したので
ベトナムに行く前には職には就けたのですが
本当に職なしの状態でベトナムまで行っていたら
リアルに野垂れ死にだったのかもしれません。。

行く前は周りもほとんどが心配していたし、騙されてるとか言われたりもしたし、
それでも自分が行くことを決意できたのは
かっこよく言えば、、

「自分自身の生き方を通じて、いろんな生き方ができるんだという証明をする」
「何もできない、わからないだらけの海外だけど、
 それでもどうにか人の役に立って生きることで自分の生きる力を高める」

という想いがあったからなんだと思う。

あと金がなかったからというのも
やはり正直に申し上げて必要不可欠な要素です。。

でも考えれば考えるほど、行かないほうがいい理由や
別にそれ海外じゃなくてもいいやんという理由なんていくらでも出てきます。

論理性や客観性、損得を超えたところで
行くと決めないと行けないのかもしれないなぁと思った今日この頃です。




2010年8月29日日曜日

ホイアン祭りに行ってきました。

更新かなり滞りました。。

日本では9月にベトナムフェスティバルがあるようですね。

そしてそれとは関係ないですが、ホイアンでは
8月21日~23日はホイアンフェスティバル?ホイアン祭り?がありました。
これが何かっていうと、1年に一度の日越交流のお祭りなのです。

今回たまたま来てた日本人のお客さんと話してたら、
ちょっとごちゃごちゃになってたのが

「街の灯りを全部消してランタンの灯りだけで
夜を過ごすランタン祭りというのもあると聞いたけど、
それとは違うの?一緒なの?」

という質問頂きましたが、違うのです。

ランタン祭りのこともホイアン祭りと言ってしまう方もいると思うので
みなさんそれぞれ呼び方がちょっと違うのですが、
僕は以下のように区別しています。

・ホイアン祭り(フェスティバル)→1年1回。8月の中旬にだいたいある。
※ベトナム⇔日本の交流が目的

・ランタン祭り→、1ヶ月に1回。満月になる旧暦の14日にやる。
旧暦のカレンダーで14日をチェックしてくださいねー。
ということで今回たくさんの人が偶然にもホイアン祭りの日に
旅行に来ており、わーびっくりといった感じでした。

さてここからはホイアン祭りの様子をちょっとだけ紹介。

お洒落なレストラン。Morning Glory。

ここでは昭和女子大学の教授が企画した
クッキングショーがありました。



昭和女子大は結構昔からホイアンの街での建築研究などに
携わっているようで、今回は女子栄養大学(うる覚え)の先生がきて
日本料理の繊細さや食卓の空間コーディネートなどのお話も
ありました。下が説明してる写真と観客の写真。






お次は茶道と書道。



午前中に茶道があって、午後に書道。

多分このおばさま同一人物ですよね・・・?



この漢字書いてー!みたいなことを言うと、
おばさまがさらさらと漢字を書いてくれるのです。

僕は日本語話せるベトナム人の学生たちと遊びに行ったんだけど、
みんな自分の名前を漢字にしてもらってました。

昔はベトナムも漢字圏の国だったから、
彼らの名前の多くは漢字に変換できる名前が多いのです。



そして,反対側ではベトナム書道。

ベトナム人のおじさまがみんなのオーダーに
こたえてさらさらと書いてくれています。

ベトナムの書道かっこいいなーと個人的にすげー思ってます。


次は名前はよくわからんが、棒を使ったゲーム。

赤いシートのところに出たら負けだから、相撲と同じってことで
相撲コスチューム。

重量級の対戦。
右は日本人。左はでか過ぎて相撲コスチューム着れない欧米人。





ガチです。



試合終了。
素晴らしき文化交流。



日本橋近くでは浴衣レンタルもやっており、
ベトナム人女性たちが続々と浴衣になっていました。




ボランティアの日本人いわく、着付けて着付けて着付けまくったとのこと。、

お祭りでテンション高めな学生達。いつもより距離が近いです。
ちょいおーい。

下の写真は3Rプロジェクトというハノイの学生団体?がきて
MOTTAINAIフェアをやっとります。

企業からの協賛も学生達だけでとってこれるぐらい
主体的な学生たちが多いとのこと。

都会はすげーですね。



建物の奥では、自分の要らない服をあげる代わりに、
店の中にある服で自分が欲しいをもらえる物々交換フリマやってました。

Reduse Reuse Recycleの素晴らしき活動です。


夜には開会式で
島根や大阪堺市の方々が伝統舞踊を披露して
盛り上げていました。



日本人を見つけるとすかさず声をかけ、写真を撮りまくっていく学生たち。

はっぴを来ている島根の方は格好の餌食でした。


ただ日本人だというだけでキャーキャーされる体験ってのはなかなかできないし、

それは要するにどういうことなんだろう?とか

なんで声をかけてくれるんだろう?とか



いろいろ考えると自分の国や日本人だということの
アイデンティティみたいなものを考えたりできると僕は思う。



こういった海外で日本文化の紹介や交流というのは
国際交流という観点以外にもキャリア形成や日本人としての誇りや
問題意識が持てたりして非常に有意義だと思ってる。


写真はないけど他にもたくさんあって、琴の演奏もあれば
川でボートレースもあるし、子ども向けの折り紙教室や
日本の大学生がきて縁日もやっていた。

1年に1回の大きな行事。

もっと日本人がきて、もっと地元のベトナム人も入り込む
祭りになればいいなと思う。

もっと面白く、もっと社会的意義もあって、
もっとベトナムと日本の距離が近づく機会になればいいなと思う。

では最後の締めくくりは知る人ぞ知るホイヤン娘ライブで締めさせて頂きます。。